Giggle Game 制作ブログ

お知らせや独り言などを書き残します

長い総プレイ時間を書く意味とは

ふと気になったこと。


フリーゲームを作って公開する際、仕様説明欄に
総プレイ時間を書くのが通例になっているようです。
かくいう自分も、それが当然なのだろうと
通例に従ってこれまで記載をしてきたのですが、

長編作品の場合、プレイ時間が数十時間とか
2桁になるのも珍しくないけれど、

よほど興味が惹かれる要素が無い限り
自分は長編というだけでプレイ候補から
その作品を除外する
傾向にあります。

逆に、プレイ時間5分とか10分だと
さほど興味の無いジャンルであっても
とりあえずやってみようかな

と思うことがよくあります。



実際のところ、作品公開時に
作者自身が長い総プレイ時間を明記するのって
作者側にはデメリットしかない

ような気がした
のです。

ユーザーへの配慮という意味では
勿論書いた方が親切ではあると思うのですが、
長編作品を公開する場合は、
「長編」というぼやっとした書き方だけで
十分のような気がするのです。



何故そう思ったのかというと、
自分自身が長編というだけで敬遠するのも
去ることながら、

「1時間ほどプレイしたが
 これが何十時間も続くのは耐えられない」
というようなレビューを
少なからず見かける
ことがあるからです。

勿論、序盤で判明する程度に
UIが悪いとかバグが多いとかなら
まだ納得できるのですが、

「序盤が面白そうではない」というだけで
プレイを放棄できる理由を
プレイヤーに与えてしまっているでは、
と感じたのです。

4~5時間くらいまでの短編作品であれば、
「後半に行くにつれどんどん面白くなった」とか
「最初はどうかと思ったが、最後までプレイして良かった」
という感想も珍しくない
ように思います。

でも、これが数十時間の長編作品になると
たとえ2~3時間目に面白い部分がやってくるとしても
そこまで至ることなく、プレイを放棄されてしまう
危険性がある
、と思うのです。



最初の数時間をプレイすれば
だいたいの傾向は分かるだろう、
と思うのはプレイヤー心理として
当然だと思うのです。

私も長編作品に臨む場合、
1時間プレイして続きが気になれば続ける、
気にならなければ放棄または保留する
というような選別の仕方をしていました。

事前にお金を払ってプレイしていない分、
最後まで遊ばなくては損だ、
という心理が働かない
ので
途中放棄するのが容易なんですよね。


それならば、
数十時間にも及ぶ総プレイ時間など
書くだけ無駄なのでは?と。

コンシューマーは勿論、
無料のスマホアプリであっても
わざわざプレイ時間を明記していることは
ほぼありません。というか皆無です。

その分、総プレイ時間の代わりに
「そのゲームの売り」
が、書かれている
という印象があります。


自分がプレイヤーとして見ていて感じるのは

たとえば、ストーリーで売り込む作品の場合
「序盤のあらすじ」を明確に書くことが
必要最低限の売りこみ
だと思います。

物凄くチープな例で申し訳ないのですが、
「主人公Aはある日突然異世界に飛ばされる。
 右も左も分からぬAを助けたのは少女B。
 のちに少女Bの正体を知ったAは
 その事実に戸惑いつつも、少女の力になるため
 世界を支配する大いなる敵と向き合うことに――」

と書くとしましょう。

このあらすじに惹かれてプレイを始めた場合、
たいていのプレイヤーは少なくとも
「大いなる敵」が何者なのか判明するまでは
気になるのでプレイしてくれると思うのです。

そこまでに至るまでの時間が1時間だろうと5時間だろうと、
おそらく脱落するプレイヤーの数は
そんなに変わらないと思う
のです
(前述の通り、バグが多いとか余程の欠点が無い限りは)。

「最初の1時間くらい」というプレイヤー都合の区切りではなく
「物語の序盤」という、作者の望んだ区切りで、
プレイヤーは「今後プレイを継続するかどうか」
を考えてくれるようになる
のでは、と思うのです。



物語性のあるゲーム以外でも、
同じような事が言えると思います。

アクションゲームやパズルゲームなど
システムそのものを楽しんでもらうゲームの場合、
『多彩なギミックの仕掛けられたステージは
 現在20種類!&今後も追加予定!』

みたいに書くとしましょう。

とりあえず、20ステージは
やってくれると思うのです。やっぱり。
それが「序盤」なのだと、
よほどのライトユーザー以外は
ちゃんと理解してくれると思う
のです。

もしここで『多彩なステージは全部で100種!』と書けば
長編作品なのだということは
プレイ時間を書かなくても一目瞭然
なわけですし。

と言いつつ、物語を重要視しない作品の場合、
そもそも総プレイ時間より1プレイにかかる時間の方が
重要視されると思うので、
総プレイ時間を書かれている作者さんは
RPGやADVに比べると少ない印象ではありますが…。



そういったことをぼんやり考えていくうちに、
やはり長い総プレイ時間というのは
書くだけ無駄なのでは、と思った次第です。



長編作品をプレイしてほしいと考える作者は
導入を工夫すべきだ
というのは
おそらく言われ尽くしているとは思いますが、

その工夫のひとつとして、
ゲーム紹介の段階で総プレイ時間を書かないこ
とを
選択肢の一つとして考えてみてもいいのでは……
などと、ぼんやり思った次第です。


ごくたまに、総プレイ時間が長いこと自体を
アピールポイントとして書かれている紹介文を
見かけますが、それこそ
「序盤に惹かれない作品を何十時間もやる価値は無い」と
一蹴されてしまう危険性を上げるだけ
のように感じて
なんだかもったいないな、と思うのです。

(ここで言う“序盤”は、作者さんの考える“序盤”ではなく
 “そのユーザーが実際にプレイしただけの時間”を差すので
 本来は評価される段階ですらない
場合もある……)


長ければ長いだけの理由を、
要するに何故このゲームを長時間楽しめるのか
という部分を明確にしなければ
長い総プレイ時間の明記は無駄どころか
マイナスポイントにしかならない
と思うのです。


実際、長編作品で総プレイ時間を明記しない
作者さんも意外にいらっしゃるのですが、
もっと増えていいのではないかと思ったのでした。




 実際のところ、作者自身が長い総プレイ時間を書くことで
 作者側にメリットってあるのかどうかは分かりません…
 自分は短編作品しか作ったことがないため、
 あくまで「私個人というプレイヤー視点」での話です。

 &この考察は特定の個人に向けたものではなく、
 色々な作品を客観的に見ていて「もったいないな~」と
 おせっかいにも気になってしまうことが多くあったので
 自分の考えをまとめてみようと書き出した次第です。

 以上、ジグルの独り言でした。



全部読むのが面倒な人に……
太字部分だけでも読めば
なんとなく内容が伝わるようにしてみました。
学生時代のテスト対策でよくやった手法。



――――――

<同日 追記>
この記事では、
『作者自身が長い総プレイ時間を明記すること』
について書いたつもりだったのですが、
『レビュアーが総プレイ時間を書くこと』と
同一視・または誤認されている方が散見されたため
分かり易いように加筆・修正を行いました。

むしろ、作者とまったくつながりの無い
レビュアーやプレイヤーが書くのであれば
「総プレイ時間100時間の超大作!」と書くことは
『それだけ時間を費やして楽しめた人がいる』
という実績になるので、十分なメリットがあると思います。

あくまで、作者自身が言及する必要は
ないのでは…というお話でした。
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